特別な場所などを省くと、かつての日本の住まいにドアは存在しませんでした。
平安時代、庶民の多くが今に近い「家」に住むようになってから1200年、日本の住まいは1200年以上にわたり蔀戸や引き戸で成り立ってきました。
そのなりゆきを考えるに建物の構造、柱と梁で成立する軸組み工法の特徴によるもので、壁で囲まれるということが無かったため小さな開口しかふさぐことが出来ない「ドア」は必要なかったのです。
今の住まいはどうでしょう。
仕事柄沢山の住まいを目にしたり、図面に接することがありますが、室内の開口部のそのほとんどはドアとなっています。
住いの中のドアは洋風建築が入ってきた明治期から始まり、一般の住まいに普及しだしたのは昭和になってからです。
1200年以上も身近にあり、当たり前だった建具がドアに換えられていった理由はなんでしょう。
なぜドアは引き戸を凌駕し、現代の住まいに蔓延しているのでしょう。
暮らしの中で考えるに風を通したり、開けたままで便利なのは言うまでも無く引き戸が有利です。
引き戸のドアに対しての不利な点はなんでしょうか、
個室の独立性
ドアは鍵がかけやすく、外部から開けることに抵抗しやすい作りになります。
これは確実にプライバシーを確保することに役立ちそうです。
防音性
引き戸に比べれば多少防音性は上がります、また防音性を高めようと思いえば引き戸に比べ簡単に性能を上げることが出来ます。
暮らしの利便性でほかにいことは見当たらないようですがどうでしょうか。
鍵が必要なところ、玄関などは確かに防犯上引き戸よりドアに優位性がありますが、住まいの内部と考えたときに1200年の歴史を覆すほどドアに優位性は認められないと思うのです。
暮らし方から考えるのではなく、つくる側から考えるとドアが勝ちえた現在の優位性を理解することが出来ます。
まず部品が少ない。
敷居や鴨居という溝を突いた部材をつくるのは手間と材料が余計にかかります。
一番小さな単位の一本引きでさえ敷居と鴨居は6尺幅、約1.65mから必要になり、尚且つ戸当たりが必要です。
真壁であれば戸当たりは柱ということになりますが、大壁が主流の家のつくりでは戸当たりをわざわざ作らなければなりません。
ドアであっても枠は必要ですが、複雑な敷居鴨居のような溝は必要なく、枠自体もドアを囲うだけで済みます。
住いの構造も柱を表に現さない大壁構造が主流になったのもドアの普及を助けたようです。
また、個室重視の戦後の住まいのつくり方や、洋風な暮らしへの趣向の高まりからもドアが使われるようになったようです。
1200年の歴史も案外簡単に覆ってしまうものですね。
私の設計では引き戸を多用します。
全て引き戸という家も少なくありません。
開放的に暮らすことや、通風を考えると引き戸になります。
また車いすでの移動などを考慮しても引き戸が有利になります。
防音には少し弱い引き戸ですが、逆に家族の気配を感じることが出来ます。
まず自分以外の人の生活音が聞こえるのが引き戸です。
気配を感じ、温度を感じ、声がを聴き、ぬくもりを感じます。
家族の暮らしを考えたときにそれらの事はとても大切な事で、なくてはならないものです。
それらを感じることで安心できて落ち着ける場所になるのだと思います。
家族同士気を使い、気配を感じながらひとつ屋根の下に暮らすには引き戸がふさわしいと考えています。
1200年の歴史も未だ捨てがたい。
日本人ですから。